10月18日2018年

昨日、菜食主義をやめた。せっかく一ヶ月以上続いていたのだが、その生活を続けて他のことがうまくいかなくなることがあると気づき、なぜやっているのかよく分からなくなった。様々な理由をつけて菜食主義を正当化する理屈をつけることはできるのだが、結局、食事をする際は単に肉のない品を選択するだけである。当初、この身近な次元での工夫が持続的なものに成熟するかと思ったが、うまくいかない。とは言いつつ、久々に中華料理屋で肉を注文したところ、胃もたれがして決して美味しいとは思わなかった。自分が肉を食べていたのは慣れていたからである。肉のない生活に慣れてしまえば、別に欲しいとは思わなくなるから不思議である。

今日は基本的に一日中ハイデガー・カヴェル・エマソンについて考える日だった。最近、ゼミや読書において哲学についての会話をしていると、その内容が理解できないことが少なくない。物事を要約して理解できないというか、その場で気の利いた質問が思いつかないというか。もともとそれ決して得意ではなかったが、ゼミなどの場で小難しい話をしていると尚更である。実を言えば、誰それの区別がどうのこうのという話題に関心を持っているとは言い難い側面もある。帰結の伴わないテクストに関する談義は宙に浮いているように感じがするのである。