11月15日2018年

ナチスの歴史を考えると自身がドイツ人であることに自負心が持てない。しかし、哲学・文学・音楽の歴史を見ると、ドイツが産んだものを悪いとも言えない」。ドイツ人の先生の言葉。最も同一性を感じる言語と風土が生み出したものを尊敬し、そこから自らの思考や生活様式を造ろうとする習慣。「ドイツ哲学」や「アメリカ哲学」にはそれに類する感覚がある。つまり、何世代も前に同じ言語と風土に生きる人々が造ったものを自ら継承することによってその伝統が生き続けるという感覚。ハイデガーニーチェを継承することで自らの思索を造った感覚。カヴェルがソローを継承することで自らの思索を造った感覚。アメリカの映画を観ても、アメリカの文学や哲学を読解しても、「借り物」感が否めない。特に、アメリカの空気を吸いながら「アメリカ哲学」を読むと、それを継承する者たちの集団の中で自分がいかに異物であるかをまざまざと感じる。日本語で書かれた、ドイツにおけるニーチェアメリカにおけるソローのように大地に根をおろした書物とは何か。他者から借りた素材の思索ではなく、何かについての思索ではなく、自らを問い直し、その運動の回転から自らの言語と風土を産み出す思索はどこにあるのか。