気分と調律(4)

To the Fates

Grant me but one summer, O powerful God!

 And one autumn too of ripened song,

   That my heart, sated on such sweet play,

      Might all the more willingly die.

 

A soul, not receiving its divine right

  In life, does not repose down Orcus’ way;

    But if what’s holy, the poem close to my heart,

      Might just for once meet with success --

 

Then welcome, O silence of the world of shades!

  I’ll then be content if my song does not descend

    There with me, for I’ll have

       Lived for once like the gods, and need of nothing more.

Holderlin

 

魅力的な学問が生きている場所では、最も成熟した思索者が自己との対峙における言葉を表現し続ける。若い精神は、そこで演奏される精神の躍動から学べるかもしれないという期待を持って参加する。そこには、身体的快楽とは異なる種類の快楽がある。それは、知的成熟における、より高い知や洞察を共に求める快楽である。それが行われる場では、高さのための勇気ある批判が行われる。参加者を自己批判による思索の深化に誘うように、他者の視点から厳しい批判がなされるのである。批判を受け、自らの思索へと立ち返るとき、批判は自己との対峙の題材となるため、それは生き方が批判されるような様相となる。そこでは、吟味のない紋切型の言葉が批判され、自らの言葉で思索をする厳しさと喜びが教えられる。言葉を携えて生き、人生の各局面で重大な問題に直面したとき、思索によって真摯に自己と対峙し、矛盾の中でもがきながら続ける技巧が教えられる。

系譜というのは、具体的な人間関係のことである。たとえば、一つの始原的なテクスト群であるプラトンを読解する際、我流で読むのもいいが、やはり哲学史に精通した教師の下で学ぶ方が思索は進む。「思う」空間を共有することで、テクストを取り巻く思索の気分が継承されるからである。結局、思想史を行う理由は、テクスト群が生まれた背景で「思う」空間の参加者が何と対決していたかが分からないからである。思想史は、テクストを巡るコンテクストを明らかにすることで(著者が誰と会話していたのか、どのような本を読んだのか、など)、著者が格闘した課題を明らかにするわけである。自文化の中でテクストが受け継がれている者にとっては、思想史は単なる歴史的興味に過ぎない。それは自明の空気感を標準的な言語でまとめているに過ぎないからである。むしろ、その標準化によって削ぎ落とされる格闘のニュアンスがあるだろう。できるならば、思想史をしなくても豊かな「思う」空間が生きている場所で思索がしたい。ハイデガーの系譜で学んだ教師や、アメリカ哲学の系譜が生きる集団の中では、テクストの全集を読まなくとも、それと向き合う気分を学ぶことにより、テクストの隅に囚われて思索の問題圏が見えなくなる学者とは異なる思索ができる。そうした集団においては、優れた思索をした者の言い伝えが酒の席で若者に伝えられる。言うまでもなく、「思う」空間が醸成する自由な精神はローカルなのである。

具体例を一つ挙げるとすれば、古典的アメリカ哲学の系譜が廃れた20世紀後半において、そのテクスト群を守り、論集を出版し、読者が絶えないようにした立役者はジョン・マクダーモットである。学会で活躍する人々の話を聞くと、彼が、エマソンからデューイに至るアメリカ哲学の系譜について誰よりも精通しており、情熱的に語る、魅力的な人格だったそうである。アメリカ哲学研究に勤しむアメリカ人の多くは私に、生のマクダーモットと会えなくて残念だったね、と最後に言う。思想の系譜について考えようとすると、何やら凄いことをしているようだが、簡単にまとめてしまえば、どの業界にも優れた同僚や伝説の上司がいるように、言論業界にも時折そういう人が現れ、ほかの人が勝手に薫陶を受けるというだけである。テレビや広告において同じような人を何度も見かけるのは、芸能界が一つの結束する共同体だからであるが、結局、言論界もやっていることは変わらないのである。思想の系譜とは、書物を出版する権威を持つ卓越した言葉の使い手の群が相互言及することで結束する運動なのである。アメリカ哲学は、所詮、19世紀の東海岸アメリカに始まり、現代まで継続する200年程度の運動だが、プラトンを読み解く運動は、2000年以上もの間、途切れることなく続いている。そうしたテクストは、その都度、新しい人間の到来によって、魅力的な再構築の機会と消滅の危機を迎える。端的に言えば、時流によって解釈が変わったり、若者が勝手に援用したりすることで、先人の思索が異なる形で波及したり、封殺されたりするわけである。要するに、「思う」活動は、思索の結束が生じる背景の伝統とそれを取り巻く状況によって変化し、その都度、未だ図書館に貯蔵され得ぬ生きた精神の躍動の航路として更新されるのである。

思索者の営みの大まかな地図を描いたところで変わらないのは、結局、思索における唯一の関心事は、各々が一体何と格闘しているか、という問いである。それが薄まったり、瓦解したりした途端、今現在生ける人々は死んだ伝統の守り手になる。テクストのコンテクストにおいて他者が格闘する仕方を学びつつも、あくまでも、今現在空気を吸う思索者として、私たちは一体何に応答しているのだろうか。各々がそれを明らかにすべく、自らの生み出すテクストのコンテクストたる思想史をしなければならないのかもしれない。とはいえ、先人が魅力的な思索をした理由は、あくまでもテクストとその気分で勝負したからである。コンテクストを明らかにするというのは、その精神の運動が終焉したあとに学者が行うものである。その意味で、自らのコンテクストばかりに気を取られることは、精神の躍動を深化させる妨げにもなるだろう。

言えることがあるとすれば、その都度、問いの次元ー思索における原理の次元ーに固執し、その問いをたしかめながら、答えを模索し続けることである。そして、未踏の世界について語ろうとするのである。その営みが場当たり的に見えたとしても、結実しないように思えても、目の前の状況に直面し続けることが航路となるからである。成熟すると、往々にして、最も高度な職人芸においてもまかり通るだけの技巧と経験が身につき、怠慢になり、過去を掲げて居座るだけで仕事をこなせるようになる。そういう者は、生を自らの問題として捉えることをせず、作業として出版し、権威を保つことに終始する。あるいは、波風立てないように時流に合わせ、静かに作業ができる仕事を選ぶ。簡単に言えば、成熟すると、たとえば、若者が音楽に感動することで、それ以後、音楽の技巧と動向が自分自身の問題となるような、特定の世界に対する感情移入が失われることは少なくない。繰り返して言えば、精神と呼ぶに値するのは、喫緊さを持ったその瞬間の躍動だけである。結局、思索とは、その喫緊さを思い出すリマインダーであり、その喫緊さから考える練習である。それは、キリスト教で言えば、告白に当たる。告白においては、自分自身の悩みや葛藤が、その状況分析とともに余すところなく表現される。そして各瞬間に、自分自身がこの世界に応答して生きていることを思い出させ、その応答が陳腐であったり、スケールが小さかったり、逆に繊細な機微が軽視されていることを自覚させられるのである。神は消化不可能の豊かさであり、利己的な精神の躍動の小賢しさを知らせる。神の下で真摯に告白する者は、単に自己否定をしたり、自分こそは神を理解したと言い張るのではなく、神的な無底の深さにおける精神的自由を希求して動く。この態度においては、「自己」というのは、自己完結した内的回転というよりも、神的な無底の守り手(モニュメント、寺院、神殿、教会)である。教会や寺院が名目として一個人の出世や名誉を称揚しないように、守り手としての自己は、あくまでも、捉え得ない豊かさの観点から動く。結局、信仰というのは、あちこち動き回ることでも、思考停止をして教義に嵌まることでもなく、より自由な精神へと成熟し続けるための絶えざる真摯な対峙である。その運動が始まっている限りにおいてそこには信仰があると言えよう。一度だけ啓示が起こり、その後に信仰が始まるというのは迷信だろう。強烈な経験が精神の運動の方向性を規定するというのは言うまでもないが、より肝要なのは、無作為な経験によって動き出した精神を絶えず自由の方へと向け続けられるように常に徹底的に自らを見つめ直す努力だろう。回心や転向は各瞬間に起こっているのである。一見、これは、思想において流される種類の悪しき習慣に見えるが、むしろ問題なのは、回心や転向を自らの技巧と工夫によって行う習慣の育たない者による突然の「回心」や「転向」である。そういう者においては、体系や潮流において教義を「吟味」することよりも、教義を「持つ」ことに重きが置かれているため、新たな、魅力的な教義や英雄が現れると、真っ先に「回心」「転向」してしまう。しかし、思索において毎日自らの回心と転向に細心の注意を払う者は、新たな見解や動向が顕れたとき、その内容や状況にかかわらず、思索において徹底的に吟味する。その意味で、真摯な思索者であればあるほど、考えを突然変えることは少ないはずである。その人の言論は、党派争いにおいて人々が右に左に流れる中、動向に流されず、どんとその渦中に座り、大地から宇宙に伸びる大木のように、勝手に成熟し続けるのである。

自由な思索においては、取り組むすべての課題は自己となる。つまり、「あれかこれか」と探究対象や目的に拘泥する必要などないのである。何をやっても、それは自らの探究成果として一つの答えとなるので、とにかくたくさん、自らの問題と対峙するために次の課題に取り組むべきである。無論、特定の探究を深化させると、それによって、行わなかった探究の運動が鈍くなり、表現されなくなる。どれが本当の自己だということはありえず、どれかを行えば昇華できるということもない。その都度、好み、習慣、他者の評価や動向によって左右される否応ない制約において、精神の自由な発展というより総合的な次元を自覚して探究に取り組むことが豊かである。特定の時点において、思索と探究の要点を他者に伝達できないとしても、思索においてその都度実験している限り、臆することはない。収束できないように思えるほどに精神的成長の射程を広く深く見据えつつ、自らの理解の技巧によってシンプルに表現しようと試みる。その運動において、一人の思索者が背負っているのは伝統でも手法でもない。未だ結晶化し得ぬ等身大の思索の運動が、その成熟した航路として自らによって発見されたとき、自分自身の名前を与えなければならないほどに独自の発展を遂げていればいいのである。そのときに考えずにいられないのが死すらも誘う思索であるならば、それを考えていればいい。動向に流されることが現実的であるならば、思索者は常に非現実的であり、未だ答えの見つからない自由の方向に向き直ろうとしているものである。いやむしろ、誰もが似たような考えを共有しているように思える様相においては、そうした人々が是と言ったら自動的に否と言うくらいがちょうどいい。常識や同調圧力専制に順応することを拒否するためには、最も困難な道をあえて選び、誰も関心を示さないゴミや断片にこそ感情移入した方が原理的な思索の気分が開けるはずである。「狭き門から入る」というのは、常態的に人に流されることをやめ、自分で考えろ、ということである。その思索が成熟しても、優れた、世渡り上手になれるわけではないだろうが、少なくとも、匿名性を保つために思索を自己規制したり、自らの考えの中にブラックボックスを抱えたり、他者の考えの名の下で考え、行動したりすることはなくなるはずである。

一人の思索者がこの世界に参加できるのは極めて限定された時間のみである。その間、その人は過去から何かを継承し、自分自身の精神の躍動において吟味し、その結晶が航路として残るわけである。どうせそれを行っているならば、始める前から思索の幅を限定しても仕方ない。自分では到底扱いきれないスケールの思索のプロジェクトを持つべきである。文明レベルの思索を試みることを臆してはいけない。思索者が対決すべきは、そもそもスケールの小さい目の前の教師や、論壇などの小さくまとまった集団ではなく、自らが生きる世界である。その世界をそもそも成り立たせている根源とは何か。その物理的、生物的、社会的、歴史的、政治的条件とはーー。そうした世界における真とは、正義とは、美とは、聖とは何か。そうした問いについて思索で応答することで、自分自身が、この世界に参加する意味や意義を模索することこそが思索者の使命である。その意味で、思索は常に自己証明を強いられているのかもしれない。図らずもデューイを引用したくなった。

The hypothesis in short may be taken as an illustration of the sort of study philosophy calls out when it is viewed as a response to the social situations in which the life of the individual thinker is set. If it serves its purpose, I should be glad to see it replaced by whatever more apt and penetrating theory be devised. Meantime, the attempt on the part of the students to give filling to the blanks left in the outline presented may be of service in that most fascinating of all human studies, the endeavor of man to come to intellectual terms with the world in which he lives.

これができる人材が同時に一箇所に集まり、協同で思索をする場は稀有である。しかし、高度な知性を育成する教育においては、若者の精神の運動の爆発が邪魔されることなく、発展する機会が与えられなければならない。大抵、思索者が30年間の成熟ののちに優れた形式で表現することになるのは、若者のうちに夢見た、そのときは未だ考え得ぬ理想だからである。その理想は、否定によって無駄が削ぎ落とされ、状況によって表出の形を変えるだろうが、高い精神の運動の生きる言葉や状況に宿るのである。老人の知恵から学ばなければ若者は成熟しないが、若者の情熱を尊敬しない老人は未来を失う。多くの場合、教壇に立って講義をするのが老人であるのは、その人が何やら本質的に優れているからではなく、精神の運動を表現する技巧において優れているからである。知性を発展させる場としては、老人と若者は同様の地位の友であることが理想である。老人は、自らよりも優れた精神の運動を発見した場合、その若者の話を静聴すべきなのである。自由が最も力強く発現するのは、原理から思索をする者たちにおける「つきあいの成熟」が生じることによって、現実において、気風として、自由が、発展し続ける伝統として定着することである。思索の生態系において、変化を確かめ合うことによって相互に変わる、利害と時間を超えた知的友情が芽生えないならば、知の聖堂、言論のアゴラたる大学は、生まれる前から死んでいる。

無論、大抵の場合、思索と探究の自由は制約され、教授活動は狭い題材を押し付けとなる。そして、自由が忘れ去られると、高度な学問は、否定の技巧を再生産する職人を再生産する場となる。しかし、仮に精神史(や歴史一般)に誰よりも精通していようと、聴衆や読者を持っていようと、有名であっても、プロジェクトを打ち立て、仲間を集めることが上手であっても、思索における唯一の問いが死んでいる者は、いくら気の利いたことを言おうと、参考にするに値しない。真摯な宗教者においては、自らの内にのみ教会が活躍し、教師と生徒のやり取りが行われる。同様に、最も真摯な思索者における聖堂は自らとの対峙である。それは、内にこもるべきだということではなく、たとえば、大地に深く根ざす大木が、仮に表面上で汚水を吸収しても、深いところから栄養を吸い上げることを忘れないことによって、満ち満ちた果実を落とし続けるように、事実・歴史・交友関係・必要性・現状・安泰など、生活環境のあらゆる要素がその追求と逆行していても、思索がそこに還元され得ない可能性のある営みをしていることを忘れてはならない。宗教者に頭が下がるのは、そうした厳しさを継承する者が必ずどこかにいることだが、思索はどうだろうか。と、正直に言えば、宗教と思索の間に区別はないと思うのだが。ともかく、思索は、真摯に躍動する限りにおいて危険(あるいは常識外れ)な方向へと逸脱していくはずである。危険な思想があまり見当たらないとすれば、それは、露骨に宗教的な者に比べて怠惰になっているということではないだろうか。