気分と調律(7)

私はどのような思索を求めているのか。17歳の頃から日記を書いてきたということもあり、私は経験したことを書き記し続けている。それは、形式美や明晰性を目的としたものではなく、その都度、この地上に参加する意味を明らかにする試みであった。偶然にも、この単純なこだわりは現代の潮流と矛盾しないと思う。

西洋圏においては、キリスト教一辺倒の思索に対する不満として、人間の手に思索を取り戻す運動が生まれ、17世紀から19世紀にかけ、その結束は系譜として成熟した。その成熟はドイツ観念論において完成度・複雑性ともに黄金期を迎える。しかし、人間の思索が最高潮を迎えると同時に、それを見た若者たちは、理屈だけに興じる当時の思索者たちに対する不満を持つようになった。ヘーゲルによる形式アニミズムに不満を持った若きバクーニンキルケゴールが、現実に関わる哲学を求め、最晩年のシェリングの講義に期待を寄せて参加した、という挿話がある。バクーニンは具体的な社会に目を向け、いわゆる無政府主義者として名を知られるようになり、キルケゴールは、近代的理性と信仰の間の葛藤について格闘し、信仰について悩む現代人にも通ずる思索を残した。同時代人で忘れてはならないのは、ヘーゲルを深く読み解き、バクーニンのように経験の方へと向かったヘーゲル研究出身のマルクスである。ヘーゲル哲学が出回ると、精神の躍動は神との合一を目的とするとするヘーゲル右派と、その躍動は現実への参加だとするヘーゲル左派がいた。マルクスヘーゲル左派の系譜にあたる。彼はフォイエルバッハに触発され、思索内容と宗教とは、不安な世界において人間が自らのイメージを再構築する応答だと考えた。その考えにおいては、不安な世界に応答するために神なる概念を提起することによってその条件を覆い隠すことは、思索と宗教の役目をまさに放棄することになるわけである。そこで、マルクスは、ヘーゲル的な歴史変動の思想について、きちんと社会を理解した上で、大地に近い労働者を主人公とした物語を語り直した。

ちょうど同時期、産業や科学の台頭によって大変動するアメリカ社会において、やはりヨーロッパの思索の閉塞感から逸脱しようとする動きがあった。いつまでも理屈と伝統に後退する大陸の人々は放っておき、アメリカというこの新たな大地で私たちの思索をしよう、というのが大まかな発想である。これもやはり、思索と経験の連続性を再発見するための実験的思索への誘いである。その系譜が最高潮を迎えるのはデューイである。彼の思索は、アメリカの民主主義とそれを支える教育について影響力を持ったわけだが、彼が若い頃に敬虔なキリスト教徒でヘーゲル研究者だった事実は、キリスト教大国アメリカと19世紀の思潮に象徴的である。いわゆるプラグマティズムの推進者となる頃には、デューイの著述の宗教色が薄くなるが、若い頃には、たとえば、神の国を造るためには民主主義が最良の政治形態だ、という、21世紀の一般読者からすれば理解し難い議論をしている。

世紀転換期の思索者が魅力的である理由は、この人たちが、若い頃に西洋の古典的書物を徹底的に読み解き、その上でそれに嫌気がさし、知人集団で実験的な思索を行っているからである。エマソンの著述を開くとすぐに分かるのは、彼が、伝統主義を嫌うわりには、プラトンホメロスシェイクスピア、ミルトン、キケロ、聖アウグスティヌス、コールリッジなど、卓越した先人の思索をよく知っていることである。21世紀では、19世紀のような伝統主義が後退し、むやみやたらと「個性」が称揚されるものだから、きちんと学ぶよりも前に独創性が主張されるようになり、思索の広がりが寂しいほどに縮小再生産されてしまった。が、たとえば、日本の学校においても、フランスのように、伝統的なテクストを読み解くべきかと言われたら、私は答えに窮する。

その上、当時、語り直しによって思索者は新しい世界作りに貢献できるという期待があった。マルクス主義は平等な世界を、エマソンから広がる19世紀のアメリカ人は新世界アメリカの開拓を。しかし、こうした思想的結束もむなしく、その暁に自覚されたのは、結局、思索者の語りは世界を変えない事実であり、どう工夫しても彼らが言葉の職人に過ぎないという事実である。20世紀になると、マルクスの系譜は、当初のプロジェクトからするとソフトな論点に後退していき、20世紀後半には、その系譜のプロジェクトの実現について現実味を見出す者は相対的に少なくなった。無論、マルクスの系譜の思索者における資本主義分析には妥当性があるらしいので、経済問題が噴出する度に「今こそマルクスを再読しよう」と関心が再燃するだろう。また、その視点から掘り起こされる歴史的暴力の研究は、過去をすぐに忘れる現代人にとって、痛いところをつくリマインダーとして後進を生み続けるに違いない。加えて、新天地アメリカでこそ思索をすべきだという主張には新鮮さがなくなり、エマソンが旗振り役の運動は20世紀初頭になると死に絶えている。この系譜を現代に継承する者たちは、アメリカにこだわる点において、皮肉にも、保守的な側面があることが否めない。現代的な課題に積極的に取り組んだデューイでさえ、分析と実証の時代に入っていく中で、暑苦しい根性論の一種のような扱いを受けている。

20世紀後半には、思索者は擬似問題に取り組んでいる、と主張することがトレンドになった。哲学の死が叫ばれたのもこの時期である。20世紀のフランス哲学が「哲学」ではなく「現代思想」と呼ばれるのも、「哲学」が、あくまでもプラトンからニーチェ辺りまで連綿と続く形而上学的思索のことであり、それを理性の力によって破壊しようとしたカントの理性主義のことだと理解されたからである。文芸やメディアへと関心を広げたり、複雑な語り直しに興じるデリダのような思索は、人間の思考(理性)を軽視しているとか、民主主義を軽視しているなどと言われたそうである。逆に、そうした新たな思潮からすれば、プロジェクトを持って思索をするのはもう古いとし、それを解体・破壊することをプロジェクトとした。そこに乗り遅れた者は、自分自身の営みには意味がないのかもしれない、とシニカルな後退をせざるを得なくなった。

しかし、その都度、新たな世代の巨人たちに飛びつくのが若者である。現在の若い思索者が、フランスのデリダレヴィナスフーコーなど、アメリカのローティなど、そして、ドイツにおいては後期のハイデガーなどの20世紀の動きを軽視する傾向は薄いように思われる。むしろ、哲学史はあくまでも歴史的興味として参照しつつも、自らの思索においては、若者たちは、20世紀の著述群を継承しようとしているように思える。無論、理性が大事ではない、と言うわけではない。他者と言論においてつながり、協同する営みが重要でない、という考えが系譜となると、その種の傾向性を持つ思索は、次の世代に不毛な党派性を遺産として残す。人間の思索はローカルで多様であるからこそつなぐべきだという思想と、多様性を謳歌すべきだという思想は、緊張関係を保ったまま、それぞれの系譜として継続するのではないかと感じている。それでも両陣営に共通するのは、思索が言葉を使う営みであるという否応ない事実である。

20世紀後半の思索者は、大まかに次のような道筋で、言葉の領域に帰着する。当初、スコラ的な傾向を拒否したが、その真逆の、思索のこれ以上ないという成熟に閉塞感を感じ、それも拒否し、経験を求めた。しかし、諸科学の発展、消費社会の進展、伝統の後退などにより、思索者は無力を自覚し、それが単なる言葉の営みであることを痛感する。ここから新たな試みへと転じた有名人(フランスではデリダなど、ドイツではハイデガーなど、アメリカではローティや分析哲学など)は、例外なく言葉との向き合い方を思索の重要なテーマにしている。

若者は当初、ロマンティックな気質を持つことが多いので、思想に興味を持つ者は、新たな系譜の中で、プロジェクトを抱え、それに向かう準備段階のエチュードを用意する思索群に飛びつく。19世紀のドイツの伝統を20世紀へと引き継いだのはハイデガーである。その主張内容だけを見ると、ハイデガーは大したことを言っていない。彼が言っているのは、人間は死ぬからそれを自覚し、目の前の状況を大事にしろよ、と言う程度である。彼を魅力的にするのは、圧倒的な哲学史の知識、妥協することなくそれを遡っていこうとする気概、そして晩年になっても新しい思考に挑戦し続けたアグレッシブさである。ハイデガーは、何を言っても存在の問題に立ち戻るわけだが、存在者とは、あらゆる種類の答えのことである。この稿で私は、豊かな世界への参加が大事ではないと言えない、と書いたが、ハイデガーにおいては、そうした答えを持つことこそが、思考を中座させている証である。彼は、いかなる答えに寄りかかることも拒否し、個別事象と原理の間を行き来することで、ある個別事象を事象たらしめる原理に落ち着こうとした。そのために、一見、不毛に思える課題に関し、それを問いと呼ぶことによって答えを保留し、何度も何度も同じ問題に立ち戻るわけである。その思索の落ち着きを彼は本質essenceと呼ぶ。専門用語を使うと難しいことをしているようだが、それは結局、思索者が、ああでもない、こうでもない、と様々な考えを試し続ける営み以外の何物でもないと私は思う。ハイデガーの学徒は、伝統的なテクスト群に忠実であり、時折妄想じみた思索をする反面、羨ましいくらいに物事をじっくり考える技巧が高いのはこのためでろう。

ハイデガーのプロジェクトは存在の問題を始めから始めなおすことであるため、哲学史の読解という点においては、近代に毒された思索を徹底的に批判し、存在の学が始まったギリシアにまで順番に立ち戻る試みをする。毒された思索は、そのままギリシアのテクストを読んでも存在の問いを理解することができない。そこで、ハイデガーの後進は、否応なく前へ前と進む思索の系譜に抗して後ろに向かうわけである。しかし、ギリシア(その金字塔はプラトンアリストテレス)の思索が行われた事実そのものも、存在の問いを消滅させるきっかけとなったため、後進は、ギリシアを単に再発見し、沈潜するだけでなく、その中から、未だ考えられていない思考の方へと向かうことを課題とするわけである。

脱構築は、二元論の構図を堅持し、その枠の範疇で、二元論の片方しか取り上げない思索群を批判する。しかし、単に一面的に批判するのではなく、二元論の対立が相互依存的であることを指摘し、片方を放棄をするともう片方にも意味がなくなることを明らかにする。そうして、男と女、構造と生成、話し言葉と書き言葉など、片方に囚われた思索を、両者を含めつつ、収束しない・できない種類の思索の運動を用意した。その思索の運動を内面化しているのが、いわゆる「デリディアン」である。脱構築は、結局、ハイデガーのプロジェクトを、独特の思考様式と哲学史よりも広い射程を持って語り直した賜物である。二元論とは、ハイデガーの語彙で言えば、形而上学である。簡単に言えば、ここでいう形而上学とは、原理化のことである。世界を理解するために、原理を提起する語りをした途端、それは世界の写し鏡のようになり、二つの世界が生まれるー形而上学を始めててしまうーわけである。

ガダマーの解釈学に関しては、ハイデガー研究の同僚によれば、彼は「softy(お人好し、気の弱い人)」なのだそうだ。同僚によれば、ガダマーは、ハイデガー的な思考様式における遠慮のない遡行のプロジェクトを沈静化させた。2000年の哲学史を遡ることで存在の始原へ立ち戻る、という途方もないプロジェクトを進展させるよりも、物事を理解するとき、一つの答えを見つけたと思ったらその開始点の裏へと遡るように再考せよ、という、いわばテクスト読解の方法論に仕立て上げたのだそうだ。ハイデガーのプロジェクトに興味がない者にとっては有り難いが、興味がある者にとっては、プロジェクトの核心を薄めているように見えるのかもしれない。

系譜学は、今現在成り立っている思索とその素材群が偶然の賜物であり、その裏には何もないことを暴露する相対化のプロジェクトである。それは同時に、今現在、常識的に人間が感情移入する素材群の土壌には、未だ気づくことすらもない素材群が塵のように積もり積もっていることを知らせる。たとえば、「石鹸を使用することによって身体をきれいにする」という営み一つをとっても、それが、実は、「白さ」をきれいなものと見る思想を背景とし、その思想が、特定の物理的・社会的条件における搾取構造の賜物だと明らかにする。このプロジェクトにコミットする者は、何を目の前にしても、それを解体できるという前提を共有する。アルチュセールイデオロギー論のように、特定の生活様式に参加すること自体が一種のイデオロギーだという論も、結局、知的方法としては、系譜学の営みと共鳴すると思う。この種の人は、あくまでもマルクスの系譜で思索をするわけだが、「資本主義」は、神と一緒で、常に健在だが直接的に指示することができないものである。そこで、吟味せずに「資本主義」の稼働に参与する思想を虚偽意識やイデオロギーと呼び、否定的思考(批判)を示すわけである。系譜学がこの発想と異なるのは、系譜学は、今現在の素材群の裏に構造があると信じないのに対し、これは、その裏に資本主義のような搾取構造を想定するところである。

古典的な分析哲学は、そもそも、思索の傾向性に依拠することを拒否し、形式の整理を生業とする傾向性の系譜である。この発想の持ち者は、わけの分からない思索を嫌い、思考活動の手段たる言葉の形式や、それが社会の中で持つ効果をきちんと理解する。無論、ハイデガーが、その思索において存在者entity(「答え」)に留まることを拒否するように、分析哲学的な発想においても、自ら「答え」をでっち上げることはしない。しかし、この人たちは、「答え」を放棄して言葉遊びに興じることを拒否する。本質主義に陥らずにどのように「答え」を見出すかと言えば、その領域については経験主義的・実証的学の知見から語るのである。こうすれば、たしかに、知見の変遷によって「答え」は変わるために本質主義を避けられ、且つ、その都度、地に足のついた楔を持つことができるのである。その上で、「答え」を出すことに関心を寄せる者は、論理や推論について思索をし、思考において帰結をする意味や方法を探る。

一見、分析哲学的な思索には深みがないように思えるのは、知見として与えてもらった「答え」に疑問を呈することを使命としないからである。この人たちは、それを整理し、そこから明晰な判断を下す職人であるため、たとえば、考えうる考えを考え尽くそうとするハイデガー的な系譜に少しでも魅力を感じる者にとっては、新たな論点が出てこないように思えるのである。逆に、分析哲学的な発想を持つ者は、ハイデガー的な系譜は、哲学史を読み解いてばかりであり、「何」について語るわけでもなく役に立たない、と感じるだろう。この発想の素晴らしさとは、卓越した理解の職人たちが、言葉や構造を理解したあと、その技巧を使い、現代的問題に立ち向かうところである。脳科学言語学、社会科学、正義の問題などについて「哲学者」がコミットしている、という場合、大抵、それはこの種の思索者が成熟した姿である。当初、分析哲学的な発想と、上述の大陸的な発想を持つ者は、互いに交流せず、それぞれで発展していった。20世紀、大陸哲学の巨匠・デリダと、分析哲学の巨匠・サールが、あまり爽やかではない論争を行ったというのは有名な話である。しかし、最近の若い世代においては、そこで培われた嫌悪の感情を再生産する度合が少ない。ハイデガー的な発想の持ち主は、経験的な学から学べばよく、分析哲学的視点を持つ者は、ハイデガー的な思索の豊かさから学べばいいのである。

プラグマティズムは、概念の意味はその帰結以外の何物でもない、という、いわゆるプラグマティック・マクシムと格闘する思索である。概念の意味たる「帰結」とは何か、そして、どうすればそれを表現することができるかが問いとなる。プラグマティズムは、アクティビズムへの関心が高まると関心が再燃し、行動の哲学としてもてはやされるが、私の理解によれば、それは、行動「のための」思索ではなく、行動(というか否定しようのない物事の動き)「において」考える思索である。つまり、あくまでもプラグマティズムは思索の方法なのである。それを提起したパースに至っては、自らを客観的観念論者と呼び、複雑な帰結の群ー私たちが常識的に現実と呼ぶものーを、帰納(個別事象を積み重ねることで原理に到達する論理的様式)に着目することで、概念化しようとしている。晩年のプラグマティズムに関する講義においては、もしヘーゲルが観念の世界に後退せずに思索をしていたら、彼はプラグマティズムのヒーローになり得たとすら言っている。ドイツの系譜で学ぶ者は、アメリカ哲学を軽視する傾向にあるが、その黎明期の思索群は、直接的にドイツの伝統から学んでおり、パースに至っては、自らを「ある種のシェリング主義者」だと称するほどである。パースは、ドイツ的な思索の魅力を保持したまま、妄想じみた思索を嫌い、現実を思索する方法を開発することに腐心した最良の範例の一つであろう。

プラグマティズムから広がる6つの可能性について書いておきたい。第1に、ジョン・ディーリーという記号論研究者が、近現代の思索者の中でパースが最も重要だと主張し、西洋哲学の営みを記号論の系譜として読み解いている。つまり、哲学者たちがこれまで行ってきたのは、世界の本質を明らかにする営みではなく、考え得る記号の種類を明らかにする営みであったという読解である。それを最初に体系的に行ったのは、無論、アリストテレスであり、中世世界においてもこの思索の系譜は発展したが、近代では、社会変動に流される形で中座したと言う。19世紀に、それが記号論として復活するわけだが、その最大の立役者がパースである。ヨーロッパではソシュールがいるが、ソシュールの射程は、あくまでも近代の意識学の文脈に留まっている、とディーリーは言う。20世紀のヨーロッパの潮流は、ソシュール言語学記号論から学びつつ、思索を展開させている者は多いが、パースはあまり話題に挙がらない。このプロジェクトに加担する場合、パースの思索を追想し、考えを考える営みが世界を考える営みと一致するような方法を開発するとともに、それを行うための記号を模索・分類するようになるのだろう。

第2に、古典的なプラグマティズムはどこにも行かないと考えた20世紀の思索者たちは、プラグマティズムを言語行為の文脈に限定し、推論のゲームに参加する営みの大まかな形について議論している。これがいわゆる分析的プラグマティズムである。

第3に、形式上の技巧よりも「帰結」の方により関心を寄せるのが、オレゴン大学のコリン・クープマンのような思索である。彼は、若い頃にデリダフーコーを学びつつ、キャリアが進むと古典的プラグマティズムを取り上げるようになる。彼の仕事においては、「いかに現実問題を思索するか」という問いからその方法の地図を形式化するのではなく、「帰結」(動向)がある・生まれるところに、いわば理由なく着目し、思索を産み落とす。知的方法は主に系譜学である。「帰結」(動向・プラグマティズム的)の中で思索(系譜学)をする点で、彼は一貫して本質的要素がまったくなく、いわば、その場限りである。しかし、その都度、痒いところをつくようにきちんと思索を産み落とすため、それを拾う者は、彼に言及せざるを得なくなる。彼の論文が、くどいほどに他者の言論を引用し、反応するのは、あくまでも「帰結」(動向)の文脈でしか思索が効果を持たないと考えるからであろうか。

第4に、形式はともかく、人が自らの「帰結」(動向、あるいは文脈)の中で、独自の応答における思索をする事実に着目する者たちがいる。この転回をする者は、ハイデガーのように、哲学史を遡行することに関心を示さないことが多い。そして、第3が、あくまでも思索者自身の応答への関心だとしたら、第4は、応答をした他者への関心である。アメリカでは、パース・ジェイムズ・デューイという哲学史における古典的な著述群に見切りをつけ、異なる業界で活躍した人々の思索を掘り起こす仕事が行われている。ソーシャル・ワークの祖といわれるジェーン・アダムズ、アメリカで最初のアフリカ系アメリカ人社会学者であり、アフリカ系アメリカ人の権利向上のために活動したW・E・B・デュボイス、評論家のルイス・マンフォード、メディアで活躍したウォルター・リップマン、社会学者のC・ライト・ミルズ、などの名前が挙がる。ほかにも、アクティビスト・芸術家の人生と作品を掘り起こしている研究者に出会ったこともある。日本では、たとえば、鶴見俊輔や、その周辺の京都大学現代社会に応答した思索者の群を研究する若手の友人がいる。

第5に、あまり話題には挙がらないが、哲学史の伝統の範疇においてプラグマティズム的に思索をしているのがバーンスタインである。彼は、思索が言葉の営みであることを自覚しつつ、現代的課題にも関心を持ち、そしてハイデガー的な、考えうる考えを考え尽くす営みを重要視するため、哲学史をきちんと読む研究をする。彼が行ってきたのは、現代人が関心を持つ課題に関し、その都度、哲学史の系譜を掘り起こし、結晶を残す営みである。たとえば、9・11テロを前にしたバーンスタインは、哲学史における「悪」の概念を辿り直し、それを世界に発表している。ドイツ型の思索者は認めないかもしれないが、アーレントが行ってきたのもその類の思索である。たとえば、『人間の条件』は、思索者は、自らの営みを理解すべく「思考」についての思索を深めてきたが、それを中座したときの「活動」についての思索をしていないではないか、と指摘し、「活動」に関し、哲学史を辿り直し、その系譜が途切れる20世紀の未踏における消費社会にまで言及した渾身の名作である。ほかにも、『革命について』「権威とは何か」『暴力について』「自由とは何か」など、彼女の著述群は、思索者がこれまで固執してきた概念の意味がどのように変化してきたのかを丁寧に追想している。

第6に、ハイデガー的な豊かな吟味への関心を保持しつつも、哲学史についての関心をあまり持たず、あくまでも現代の「帰結」の諸相を記述する者もいる。こういう者は、論壇の地図を描き、擬似的な対立に疑問を呈し、次の議論の方向性を示す傾向にある。たとえば、医療倫理学における様々な論を整理し、党派化するのではなく、目的に応じて論を組み替えるべきだ、と主張する思索を見たことがある。課題を指摘する上で歴史的射程を持っているのはサイードのような思索である。彼のオリエンタリズム批判は、哲学史文学史にすらも囚われず、様々なメディアを掘り起こすことによってオリエンタル概念を批判している。現代の「帰結」において、歴史的射程を持っているが、現代的動向における判断や批判という目的が薄い思索は、アーレントの『全体主義の起源』であると思う。アーレントは、徹底的に経験から思索を始めるが、あくまでも知的職人であることにこだわり、ほかの人が適当なところで見切りをつけて行動へと移るところを、さらに資料を深く読み解いていく。

最後に、プラグマティズムとは少し離れるが、たしかな転回の一つに、無限の自己言及を行う思索がある。現代の哲学業界において、その種の思索を考えたい若者が向かうのはスタンレー・カヴェルである。彼は、ウィトゲンシュタイン研究者としてキャリアを始めたことで、思索が言葉の問題であることを明確に自覚したが、異質なウィトゲンシュタイン理解をしたことを脚光を浴びた。一般に、後期ウィトゲンシュタインの思索は、語らずにはいられない思索の混乱を解くための参照元だとされたが、カヴェルは、それを、混乱を解こうとしつつも消化し切れない語りの参照元として読解した。「正統」なウィトゲンシュタイン研究者からは批判されるものの、ハイデガー的な気質を持つ若者や、生活に近い言語を持ちたいと考える者は、その読解を好む。さらに、若い頃から映画鑑賞にどっぷりと浸かっていたカヴェルは、演劇研究の領域において新たな視座を切り開いている。彼の思索の特徴は、19世紀のアメリカ思想に触発され、自分自身の経験や気づきを著述に積極的に挿入することで、哲学研究において主流である、命題を提起して理由を述べる、という思索スタイルに反抗するところである。彼のおかげで、現代人がエマソンやソローを読み解くことが市民権を得ることになり、 自己教育(self-cultivation)という、キリスト教ユニテリアン教会出身のエマソンの教えが一定の評価をされている。

繰り返すように、こうした動向は、言語と現実の緊張関係を保っている。言語や精神世界の探究の方へと振り子が振り切れたのが当初の分析哲学ハイデガーのような思索であり、現実の方へと振り子が振り切れたのが古典的にマルクスに共鳴して労働組合で活躍する者や、古典的プラグマティズムなどに触発され、哲学史の吟味に見切りをつけた人々である。しかし、思索の系譜として継承されるのは、その間の方向性であるように思える。言語や記号の特徴の理解に誰よりも関心を寄せる人々も、現実的課題と対決しようとしているし、そもそも、系譜学的発想は、人が「現実」だと思っている素材群を覆す吟味である。ハイデガー的な豊かさが捨てられない者は、バーンスタインアーレントのように、現代的な観点から哲学史を辿り直したり、哲学史より広い射程の資料を使って多様な視座を掘り起こしている。それでは私はどのような方途を進むか、という問いが生まれる。